筋トレをしていると必ず浮かぶ疑問があります。
それは――
「セットはどこまでやればいいのか?」
「限界まで追い込んだ方がいいのか、それとも余力を残した方がいいのか?」
特にベンチプレスのような代表的な種目では、「あと1回できそうだけど止めるべきか?」と悩んだ経験がある方も多いはずです。
昔は「筋トレは限界までやるのが正しい」と言われていました。ところが、近年の研究では「目的によって、最適な“やめ時”は違う」ということが分かってきました。
この記事では、スペインのオラビデ・セビーリャ大学が行った研究を紹介しながら、筋肥大・筋力・スピード・持久力それぞれに合った「最適な追い込み方」について解説します。
1. 「速度低下(Velocity Loss)」とは?
この研究で使われた考え方が 「速度低下(Velocity Loss:VL)」 です。
これは「動作スピードがどれだけ落ちたか」を基準に、セットをやめるタイミングを決める方法です。
・最初の1回と比べて動きが遅くなる
・その“スピードの落ち幅”をパーセンテージで計算
・あらかじめ決めた割合(例:25%)まで落ちたらセット終了
というシンプルな仕組みです。
今回の研究では、以下の4つのグループに分けられました。
・VL0% → 速度が落ちる前にストップ(ほぼ余力を残す)
・VL15% → 少しスピードが落ちたらストップ(やや余力あり)
・VL25% → そこそこ疲れるまで続ける(中程度の追い込み)
・VL50% → かなり疲れるまで続ける(限界近くまで)
2. 研究の内容
被験者は筋トレ経験のある若い男性50名(平均23歳)。
全員が同じ条件でベンチプレスを行いました。
・負荷:1RMの55〜70%
・頻度:週2回
・期間:8週間(合計16回)
・違いは「どこでやめるか」だけ
効果を比較するために、以下の指標を測定しました。
・筋肥大(大胸筋の断面積)
・最大筋力(1RMの変化)
・神経の働き(筋電図による神経筋活動)
・スピードと持久力(最大挙上速度・疲労テスト)
3. 結果① 筋肥大は「限界近く(VL50)」が有効
筋肉を太くする効果(大胸筋断面積の増加)は、VL50グループ(限界近くまで追い込む)でのみ有意に確認されました。
・VL0、VL15、VL25では変化がほとんどなかった
・VL50だけ筋肉が明らかに大きくなった
👉 筋肥大を狙うなら“かなり追い込む”必要があるということです。
ただし、疲労も大きいため、オーバートレーニングに注意が必要です。
4. 結果② 筋力アップは「中程度の追い込み(VL25)」
最大筋力(1RM)の伸びは、VL25グループが最も大きい結果となりました。
・VL25が一番伸びた
・VL15とVL50でも多少の伸びはあった
・VL0はほとんど変化なし
👉 筋力を伸ばすなら「25%程度の速度低下」で止めるのがベスト。
「追い込みすぎないけど、しっかり疲れる」くらいが最適です。
5. 結果③ 神経の働きも「VL25」がベスト
筋電図による神経筋活動の結果も、VL25グループが一番良い適応を示しました。
・VL25 → 大胸筋の神経活動が増加(効率よく力を出せるように)
・VL50 → 疲労が強すぎて、一部の筋肉の活動が低下
👉 効率的な力の出し方を身につけたいなら、VL25が最適です。
6. 結果④ スピード・持久力は真逆の傾向
・スピード(バーを速く動かす能力) → VL0、VL15で改善
・持久力(70%1RMで限界までできる回数) → VL50で最大
👉 まとめると、
・スピード強化 → 軽めで早めに切り上げ
・持久力強化 → 限界近くまで追い込む
という真逆のやり方になります。
7. 目的別おすすめの「やめ時」
研究結果をもとに、目的別の最適なやめ時を整理すると次の通りです。
・筋肥大(筋肉を大きくしたい) → 限界近く(VL50)
・筋力アップ(重量を伸ばしたい) → 中程度(VL25)
・スピード強化(動きを速くしたい) → 早めに切り上げ(VL0〜15)
・持久力アップ(疲れにくくしたい) → 限界近く(VL50)
8. 実際のトレーニングにどう取り入れる?
例えばベンチプレスで「10回くらいできる重さ」を使ったとします。
・VL0〜15 → 5〜6回で止める(余裕を残す)
・VL25 → 7〜8回で止める(そこそこ疲れる)
・VL50 → 10回ギリギリまでやる(限界まで追い込む)
つまり「同じ重さ・同じセット数」でも、やめるタイミングを変えるだけで効果が変わるのです。
9. 注意点と限界
・この研究は若い男性トレーニーが対象 → 高齢者や女性には当てはまらない可能性あり
・種目はベンチプレス限定 → 他の種目でも同じ結果になるかは不明
・期間は8週間のみ → 長期的な影響は未確認
👉 あくまで「目安」として活用し、自分の体調や目的に合わせて調整することが大切です。
10. まとめ:目的に合わせて「疲労の塩梅」を調整しましょう
昔は「筋トレは限界までやるのが正解」と言われていましたが、今回の研究で「目的ごとに最適な追い込み方が違う」ことが示されました。
・筋肥大 → 限界近くまで(VL50)
・筋力アップ → 中程度で止める(VL25)
・スピード強化 → 早めに切り上げ(VL0〜15)
・持久力 → 限界近くまで(VL50)
大事なのは“がむしゃらにやる”ことではなく、自分の目的に合わせて“疲労の塩梅”を調整すること。
「今日は筋力を伸ばしたいから25%で止めよう」
「筋肉を大きくしたいから50%まで追い込もう」
といったように、目的を意識して取り組むだけで、トレーニングの成果は大きく変わります。
参考文献
Rodiles-Guerrero L, et al. Specific Adaptations to 0%, 15%, 25%, and 50% Velocity-Loss Thresholds During Bench Press Training. Int J Sports Physiol Perform. 2022 Jun 20;17(8):1231-1241.