ベンチプレスでは、グリップ幅が少し変わるだけでも、バーを動かす距離、肩や肘にかかる負担、使いやすい筋肉、扱える重量が変化します。
ただし、よくいわれる、
- ナローグリップは上腕三頭筋だけに効く
- ワイドグリップは大胸筋に効く
- 81cmラインが理想的な手幅
- サムレスグリップなら手首への負担がなくなる
といった説明は、正確ではありません。
最適なグリップは、肩幅、腕の長さ、胸郭の厚さ、肩関節の柔軟性、バーを下ろす位置、トレーニングの目的によって変わります。
81cmラインとは?
パワーリフティング用のシャフトには、左右に目印となるラインがあります。
この2本のラインの間隔が81cmです。シャフトの中心から左右81cmずつ離れているわけではなく、中心からそれぞれ40.5cmの位置にラインがあります。
2026年3月1日施行のIPFルールでは、ベンチプレスの手幅は左右の人差し指の間が81cmを超えてはいけません。最大幅で握る場合は、左右の人差し指が81cmラインに接している必要があります。
つまり、競技上の最大幅は「人差し指を81cmラインに合わせるグリップ」です。また、IPFでは親指を巻き付けるサムアラウンドグリップが義務づけられています。IPFテクニカルルール2026
ただし、81cmはあくまでも競技上の上限です。すべての人に適した推奨幅ではありません。
ナロー・ミディアム・ワイドの区分
グリップ幅の区分には、世界共通の明確な定義がありません。
研究では、左右の肩峰間距離を基準にして、次のように区分することがあります。
- ナローグリップ:肩峰間距離の約1.0倍
- ミディアムグリップ:約1.4〜1.5倍
- ワイドグリップ:約1.7〜2.0倍
一方、実際のジムでは81cmラインに合わせる指によって区分すると分かりやすくなります。
小濱トレーニングジムでは、便宜上、次のように考えています。
- ナローグリップ:小指を81cmラインに合わせる位置よりも内側
- ミディアムグリップ:小指または薬指を81cmラインに合わせる
- ワイドグリップ:中指または人差し指を81cmラインに合わせる
人差し指をラインに合わせる位置が、IPFルールにおける最大幅です。
ただし、肩幅が狭い人にとっては小指をラインに合わせても十分なワイドグリップになる場合があります。指の位置だけで決めず、体格やフォームも確認する必要があります。
1.ナローグリップ
ナローグリップは、通常のベンチプレスよりも狭い手幅で握る方法です。
主な特徴
- バーの移動距離が長くなりやすい
- ボトムで肘の曲がりが大きくなる
- 肘を伸ばす働きが強く求められる
- 上腕三頭筋への負担が増えやすい
- ワイドグリップより扱える重量が下がることが多い
グリップを狭くすると、上腕三頭筋の活動が高くなる傾向があります。ただし、ナローグリップでも大胸筋や三角筋前部は強く働きます。
「ナローグリップは上腕三頭筋だけの種目」というわけではありません。
研究では、グリップを狭くするほど肘関節に求められる力が大きくなり、反対に広くするほど肩関節に求められる力が増える傾向が示されています。Mausehundらの研究
ナローグリップが適している目的
- 上腕三頭筋の強化
- ベンチプレス後半の押し切り強化
- 通常のベンチプレスとは異なる刺激を入れたい場合
- ワイドグリップで肩に負担を感じる場合
狭すぎるグリップには注意
両手をほとんど接触させるような極端なナローグリップでは、手首が尺屈し、肘にも大きな負担がかかることがあります。
また、ナローグリップだからといって、肘を体側に強く押し付ける必要はありません。手首、肘、バーの位置が自然につながる角度を選びます。
2.ミディアムグリップ
ミディアムグリップは、重量、可動域、肩と肘への負担のバランスを取りやすい手幅です。
初心者がフォームを身につける場合は、まずミディアムグリップから始める方法が適しています。
主な特徴
- ナローよりバーの移動距離が短い
- ワイドより肩関節への負担を抑えやすい
- 大胸筋、三角筋前部、上腕三頭筋をバランスよく使いやすい
- バーの軌道や手首の位置を安定させやすい
ただし、「大胸筋全体に均等に効く」とまでは断定できません。
ベンチプレスの筋活動は、グリップ幅だけでなく、バーを下ろす位置、肩甲骨の固定、肘の角度、アーチ、使用重量によっても変わります。
ミディアムグリップは、すべての筋肉を均等に使う幅というより、フォームを構築しやすい基準位置と考えるのが適切です。
3.ワイドグリップ
ワイドグリップは、中指または人差し指を81cmラインに合わせるような広い手幅です。
主な特徴
- バーの移動距離を短縮しやすい
- 高重量を扱いやすくなる場合がある
- 肩関節の水平内転に関わる筋群への要求が高くなる
- 肩関節にかかるモーメントや反力が増えやすい
- 上腕三頭筋への要求は相対的に下がる場合がある
トレーニング経験者14名を対象にした研究では、平均1RMがワイド109.8kg、ミディアム108.9kg、ナロー103.7kgとなり、ワイドとミディアムで高い重量を扱える傾向が示されました。ただし、対象者が少ないため、すべての人に当てはまる結果ではありません。Larsenらの研究
ワイドほど大胸筋に効くとは限らない
ワイドグリップにすると、大胸筋への負荷が必ず大きくなるとは断定できません。
研究によっては大胸筋の筋活動に差がみられないものもあり、ナローやミディアムの方が大胸筋上部の活動が高く、ワイドでは大胸筋下部の活動が高くなった報告もあります。
また、EMGで測定した一時的な筋活動は、将来的な筋肥大を直接示すものではありません。
したがって、
「胸を大きくしたいなら、できるだけ広く握る」
という考え方は単純すぎます。
筋肥大を目的とする場合も、十分な可動域を確保しながら、肩や手首を安定させ、継続的に負荷を高められる手幅を選ぶことが重要です。
ワイドグリップと肩への負担
2024年の研究では、肩峰間距離の2倍に相当するワイドグリップは、1.5倍のグリップと比べて肩関節や肩鎖関節の反力を増加させました。
ただし、この研究は10名が16kgのバーベルを使用し、筋骨格モデルで関節負荷を推定したものです。ワイドグリップが実際の傷害を必ず引き起こすと証明した研究ではありません。Noteboomらの研究
肩に不安がある場合は、極端なワイドグリップを避け、少しずつ手幅を狭くする方法が現実的です。
ワイドグリップほど胸がストレッチされる?
これも一概にはいえません。
ワイドグリップではボトムで肩関節の水平外転が大きくなることがありますが、同時にバーの移動距離は短くなります。
実際の大胸筋の伸ばされ方は、次の条件でも変わります。
- 肩甲骨の位置
- 胸郭の厚さ
- アーチの大きさ
- バーを下ろす位置
- 肘の開き方
- 上腕骨の長さ
- ベンチの高さや幅
そのため、「ワイドグリップなら大胸筋を強くストレッチできる」とは断定できません。
握り方の種類
サムアラウンドグリップ
親指をバーの下から巻き付け、ほかの4本の指と向かい合わせて握る方法です。
ベンチプレスでは、基本的にこの握り方を推奨します。
主な利点は次のとおりです。
- バーが手のひらから転がり落ちにくい
- 強く握り込める
- 手首を安定させやすい
- 初心者から競技者まで使用できる
- IPFルールに適合している
親指を巻いても、バーを手のひらの付け根側に置けば、前腕の延長線上で重量を受けられます。
サムレスグリップ
親指をバーに巻き付けず、ほかの4本の指と同じ側に置く方法です。
「スーサイドグリップ」「フォルスグリップ」「モンキーグリップ」と呼ばれることもあります。「モンスターフック」は一般的な名称ではありません。
サムレスグリップでは、バーを手のひらの付け根に乗せやすいと感じる人もいます。しかし、サムアラウンドグリップでも同じ位置にバーを乗せることは可能です。
最大の問題は、バーが手のひらから前方へ転がった際に、親指で止められないことです。
補助者やセーフティーバーを使用しても、シャフトが急に胸や首へ落下する危険を完全には防げません。そのため、一般的なバーベルベンチプレスでは推奨できません。
また、2026年のIPFルールではサムレスグリップは認められていません。
ブルドッググリップ
ブルドッググリップは、親指を外す握り方ではありません。
バーを手のひらの付け根側に置き、手をわずかに内側へ回して、バー、手首、前腕を一直線に近づける握り方です。親指はバーに巻き付けます。
手首の過度な反りを抑えながら、サムアラウンドグリップの安全性を保ちやすい方法ですが、最初はウォームアップ重量で位置を確認する必要があります。
フックグリップとは別物
フックグリップは、親指をバーに巻き、その親指を人差し指や中指で押さえる握り方です。ウエイトリフティングやデッドリフトで使われますが、通常のベンチプレスで使用する必要はありません。
リバースグリップ
手のひらを頭側へ向けて握る方法です。
通常のオーバーハンドグリップとは動作やラックアップの感覚が大きく異なり、バーを保持しにくくなります。IPF競技では禁止されているため、初心者向けの方法ではありません。
正しいバーの乗せ方
手幅だけでなく、手のひらのどこにバーを置くかも重要です。
バーは手のひらの付け根側で受ける
バーを指の付け根側で握ると、重量によって手首が大きく反りやすくなります。
バーは手のひらの付け根に近い位置へ置き、前腕の延長線上で支えます。
手首を完全に垂直にする必要はありませんが、過度に反らないことが重要です。
ボトムで前腕を確認する
バーを胸まで下ろした位置で、正面から見た前腕が、おおむね床に対して垂直になる手幅が一つの基準です。
ただし、これは絶対的なルールではありません。バーを下ろす位置や個人の腕の長さによって多少変わります。
次のような状態は調整が必要です。
- 手首が肘より大きく内側に入っている
- 手首が肘より大きく外側に出ている
- 手首が強く反っている
- 肘や肩に痛みが出る
- 左右で握る位置が違う
目的別のグリップ選択
初心者
まずはミディアムグリップとサムアラウンドグリップを選びます。
研究でミディアムとされる肩峰間距離の約1.4〜1.5倍を参考にしながら、ボトムで前腕が大きく傾かない位置に調整します。
81cmラインにどの指を合わせるかは、体格によって変わります。初心者が最初から小指や薬指をラインに合わせる必要はありません。
大胸筋の筋肥大
ミディアムグリップを基本にして、十分な可動域と安定したフォームを優先します。
ワイドグリップも選択肢になりますが、「広いほど大胸筋が発達する」とは限りません。肩に違和感が出るほど広げる必要はありません。
上腕三頭筋の強化
通常よりも手幅を狭くしたナローグリップが適しています。
ただし、両手を接近させすぎず、手首が不自然に曲がらない範囲にします。
最大挙上重量の向上
多くの人は、ミディアムからワイドグリップで高重量を扱いやすくなります。
一方で、トレーニングの慣れ、肩幅、腕の長さ、胸郭の厚さによって結果は変わります。1回だけ試して判断せず、同じグリップで一定期間練習してから比較することが必要です。
肩への負担を抑えたい場合
極端なワイドグリップを避け、ミディアムから少し狭めの位置を試します。
肩甲骨を安定させ、肩が前方へ浮かないようにすることも重要です。ただし、痛み、筋力低下、夜間痛、可動域制限がある場合は、グリップ変更だけで解決しようとせず、整形外科などで状態を確認してください。
経験レベル別の使い分け
初心者
- ミディアムグリップを基本にする
- サムアラウンドグリップを使用する
- 左右同じ位置を握る
- 手首と肘の位置を覚える
- 重量より再現性を優先する
中級者
- 通常のミディアムグリップを基準にする
- ナローグリップで上腕三頭筋を強化する
- 1本の指幅ずつ手幅を変更する
- 重量、回数、RPE、関節の状態を記録する
競技者・経験者
- 試合で使用するグリップをメイン種目で反復する
- 81cmルールに適合しているか確認する
- 弱点に応じてナローやワイドを補助種目に使う
- グリップ幅と胸へのタッチ位置をセットで調整する
- 手幅を変えた直後に最大重量へ挑戦しない
よくある間違い
- 81cmラインを理想的な手幅だと思う
- ワイドなら必ず大胸筋に効くと思う
- ナローなら大胸筋を使わないと思う
- ナローで両手を近づけすぎる
- 肘を体側へ強く押し付ける
- バーを指の付け根で受ける
- 手首を大きく反らせる
- 左右で違う位置を握る
- サムレスグリップで高重量を扱う
- 肩や肘の痛みを我慢して続ける
自分に合ったグリップを見つけるためのチェック項目
- 親指をバーに巻き付けている
- バーが手のひらの付け根側にある
- 左右同じ位置を握っている
- 手首が過度に反っていない
- ボトムで前腕が大きく傾いていない
- 肩や肘に鋭い痛みがない
- ラックアップからラックインまで安定している
- 同じ位置を毎回再現できる
- セーフティーバーまたは補助者を使用している
ベンチプレスのグリップに、すべての人に共通する唯一の正解はありません。
初心者はミディアムグリップとサムアラウンドグリップを基本にし、経験を積みながら1本の指幅ずつ調整していく方法が安全です。
ワイドグリップは高重量を扱いやすい反面、肩への要求が高くなりやすく、ナローグリップは上腕三頭筋を強化しやすい反面、肘や手首への要求が高くなります。
「どの指をラインに合わせるか」だけで判断せず、体格、目的、バーの軌道、関節の状態、フォームの再現性まで含めて、自分に合ったグリップを選ぶことが大切です。
小濱裕司

